Unknown Tree

From Vancouver


元:不登校児が身を持って感じる、勉強の大切さについて。

tag Experience, Life

こんにちは、ANNAです。私は小学校5年生の頃から・中・高校生と8年の間、学校に行かず好き勝手に引きこもっていた『不登校児』でした。今回はそんな不登校児だった私が大人になって思う「勉強の大切さ」を経験談の一つとして、実感して思ったことを書きますね。

周りとのスタート地点が変わる。

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具体的に言うと、新しいことを学ぶ時の難しさが変わります。前もって知識を持っていれば、少し思い出すだけで理解できるのに、それがなかった私はインターネットで漢字の書き順や算数の解き方を調べ、小中学生で学ぶことを勉強しながら仕事をしているという状態でした。そうなると、しなくていい勉強をすることになり、本来するべき仕事に使う時間が減ってしまいます。

中学校で学ぶことは次のステップの土台となっている。

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この時に学ぶことの大半は大人になった時の土台となっています。例えば、国語。漢字はもちろん、文章の書き方や敬語の使い方が学べますし、数学は効率的に複雑な計算が出来るようになります。英語なんかは特に、中学英語を覚えておけば伝えたい事はだいたい通じます。そんな知識を好きなだけ得ることができるのが義務教育の特権なんじゃないかと私は思うわけです。

人とのコミュニケーションが上手くとれない。

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これは勉強の大切さというか、学校に通うことで得られる「対人能力」についてですね。ずっとネトゲで人と会話をしていたためメールやチャット上だと、そこまで困ることはないのですが、現実に会話をする場になると何を話せばいいのか?どう話せばいいのか?どこまで気を使えばいいのか?何をすべきか?などなど人との距離感が全く測れず、それだけで疲れてしまうコミュ症になりました。会話を楽しむことに対して必要以上に頭を使ってしまうため、人と話すだけで体力がゴリゴリ減っていく仕様になったようです。

実際に遭遇した困ったこと。

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カナダの学校で「みんな、これ中学校で習ったよね。」みたいな話が出たときに、英語が分かる分からない以前に内容が全く理解できませんでした。それどころか、長らく勉強から離れていたせいか簡単な筆算のやり方さえも危うい状況。プログラミングの授業で筆算をする課題があったのですが、計算ミスばかりしてしまい大変なことになりました。英語の勉強においても周りの人達のほとんどが「私中学英語しかしらなくて…」「受験勉強でしか英語勉強してなくて自信がない…。」と言っている中で、それすらもなかったため人よりも一倍頑張らなければいけない状況に。特に、語学学校にかよっていたとき「エッセイで使う英語表現」がクラスの授業ででたのですが、そもそもエッセイが何なのかわからなかったため苦労しました。ここでも、「みんな、高校生の時にエッセイやったよね?(ニコー」と言われた時は「…エッセイ…?なにそれ知らない。美味しいの?」と1人冷や汗かいていましたね…。

不登校児で良かったこと。

ありません。強いて言うなら、独学力がアップしたことですね。みんなが学校で一生懸命勉強している間、私は家でひたすら「絵の描き方」「ギターの弾き方」「ホームページの作り方」「ゲームの作り方」をインターネット上でみて実践し、黙々と何かしら作っていました。自分が作りたいと思ったものを、その時その時で知識を集めて実践するということを繰り返していました。おそらくココで「とりあえずやってみてから判断する力」が育ったのかと思われます。

最後に。

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と、そんな人間が、突然海外に留学してどれくらいまでに成長するのか?使える人材になるのか?はたまた落ちぶれてしまうのか?それは全て私次第ではありますが、ひとつの実験として見守って頂けると幸いです。そして、今の不登校生の参考になればと思います。ただ、一つだけ言いたいことはやりたいことがあるなら諦めずに続けることが大事だということ。続けていると、どこかで必ず乗り越えなければならない嫌なことに必ず遭遇します。私の場合は就職でした。ただ、それに出会った時にむしろ踏み台にしてやんよ!かかってこいよ!その会社の技術全部吸収してやらぁあああ!!!っていう気持ちさえあれば、それをプラスにもできるでしょう。

もしも私が失敗した時には笑ってやってください。それでは!

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